大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)38号 判決

控訴人

岡田忍

右訴訟代理人

渡辺文雄

被控訴人

岡田アイ

被控訴人

岡田静枝

右両名訴訟代理人

石川幸佑

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、当審における主張を次のとおり述べた。

かりに、本件認知が無効であるとしても、左記諸事情を考慮すると、被控訴人らの本訴請求は、認知無効確認請求権の濫用として排斥されるべきである。

(一)  控訴人は、被控訴人らを相手方として東京家庭裁判所昭和四八年(家イ)第七、一三七号をもつて被相続人亡岡田三郎の遺産につき遺産分割の調停申立をしたところ、これに対し、被控訴人らは、控訴人を相手方として同裁判所昭和四九年(家イ)第九四一号をもつて認知無効確認の調停申立をし、これが不調となつたので本訴を提起したものである。すなわち、被控訴人らが本件認知無効確認を求める動機は、亡岡田三郎の遺産を控訴人に与えないためである。

(二)  亡岡田三郎は昭和四七年一二月二一日死亡したものであるが、その当時被控訴人らが控訴人の父であると主張する大塚与次郎は生存しており、被控訴人らはこれを知つていた筈であるのに、被控訴人らにとつて何か都合の悪いこともあつてか、その頃本件認知の無効確認を請求せず、同人が昭和四八年八月死亡した後右請求をしている。

(三)  被控訴人アイは、大正四年頃岡田三郎と事実上結婚し、大正九年には同人の戸籍に入り、その頃岡田三郎は控訴人を認知している。そして、右認知と同時に控訴人は岡田姓を名乗り、その後三郎方から学校に通い同人を父として一緒に商売をしたりもした。したがつて、被控訴人アイは三郎が控訴人を認知した当時からこれを知つていた筈である。そして、同被控訴人もまた非嫡出子として出生し真実の父母の無責任さを自ら痛感していたものと思われるから、親の都合、勝手で控訴人を認知し、それが真実でないと知りながら多年にわたつてこれを放置したうえその無効を主張することは、控訴人に多大の苦痛を与えるものであることを十分認識し得るはずであるのに、認知後本訴提起まで実に約五五年間の長きにわたり本件認知の無効確認を求めなかつたものである。

(四)  加えて、控訴人は戸籍上岡田三郎の相続人であるところから、同人死亡後相続税の申告納付を余儀なくされ、自己所有の不動産に抵当権を設定したうえその延納許可を受け右相続税を分納しているのであつて、そのため金融機関から事業資金の融資を受けることに困難を生じ控訴人の事業に支障を来している。

被控訴代理人は、控訴人の右主張を争うと述べた。

〈証拠略〉

理由

〈証拠〉を綜合すると、次の事実が認められる。

被控訴人アイは明治二九年一〇月一二日河本タマの子として出生したものであるが、亡三沢正男の養女となり同人方で養育されて成長し、一五、六才になつた頃、当時正男方に下宿していた大学生亡大塚与次郎と内縁関係となり、同人との間に明治四五年二月五日控訴人が出生した。

しかし、その後与次郎が兵役につくようになつてから、被控訴人は同人と離別し、控訴人を正男方に残して亡岡田三郎と大正四年一〇月事実上の結婚をし、大正九年六月四日にはその婚姻届出を了し、同人との間には昭和七年八月八日被控訴人静枝が出生した。

ところで、三郎は、控訴人が兵役につく際「私生児」ということであつては可哀想だという正男の意向をくみ、被控訴人アイとの婚姻届出をした直後の大正九年六月八日、控訴人を三郎の子として認知の届出をした。控訴人はその後も正男方で養育され、その後一時三郎方に被控訴人らと同居したこともあつたが、昭和一六年控訴人が結婚するまで大部分正男方に住み、そこから三郎方に通つて同人のガラス商の手伝いをしていた。

昭和一六年頃、三郎及び控訴人はレンズ業に転業し、岡田製作所の名称で協同事業をしていたが、昭和二九年頃被控訴人静枝が事実上の婿養子である岡田通と結婚した頃から控訴人と三郎及び被控訴人らとの間は漸次円満を欠くようになり被控訴人らも控訴人との身分関係を明確にする必要を感じるようになつてきた。

しかし、そのまゝ推移するうち三郎が昭和四七年一二月二一日死亡し、控訴人が被控訴人らを相手方として東京家庭裁判所昭和四八年(家イ)第七、一三七号をもつて岡田三郎の遺産分割につき調停申立をするに至つたので、被控訴人らは、控訴人を相手方として同家庭裁判所(家イ)第九四一号をもつて認知無効確認の調停申立をし、これが不調となつたので、昭和四九年六月二七日本訴を提起した。

以上のように認められ、〈証拠判断略〉。

右認定によれば、亡岡田三郎と控訴人との間には真実の父子関係がなく、本件認知は事実に反するから無効といわなければならない。

ところで、控訴人は、被控訴人らが本件認知の無効確認を求める動機が岡田三郎の遺産を控訴人に与えないためであること、三郎及び大塚与次郎が存命中に本件認知の無効確認を請求せず、同人らの死亡後右請求をしていること、被控訴人アイは認知が真実に反することを知りながら多年にわたつてこれを放置したこと、控訴人は相続税及びその支払い担保のための抵当権の負担を余儀なくされ事業に支障を来たしていることなどを理由として、被控訴人らの本件認知の無効確認請求は、権利濫用として排斥されるべきである、と主張する。

しかしながら、岡田三郎と控訴人との間に真実の父子関係がなく、本件認知が無効であるとすれば、控訴人が三郎の遺産を相続すべき権利を有しないことは当然であり、被控訴人らは右認知によつてその相続権を害せられることになるから、三郎の遺産分割の問題が生じたのを機として被控訴人らがその認知の無効確認を求めたとしても、右被控訴人らの権利行使が正当の利益を欠き、あるいは不当な利益の獲得を目的とするものとはいえないこと、わが国では認知無効確認の訴の提起期間について特別の制限規定はなく、また認知をした者又は真実の父親が存命中にその請求をしないからといつて、それは必ずしも不当とはいえないこと、前記のように本件において認知無効の裁判を求める必要が三郎の死亡後その相続との関係で具体化したこと、被控訴人らは三郎死亡後家事調停を経て昭和四九年六月二七日には本訴を提起しており、それは必ずしも三郎死亡後著しく遅きに失した訴提起であるとはいえないこと、さらに、本件認知が無効であるとすれば、控訴人は三郎の相続人としてその相続税ないしその支払担保のため抵当権を負担すべき理由はなく、控訴人は法定の手続を経て右負担を免れることができると解されること、などを考慮すれば、控訴人主張の事情をもつて本訴請求が認知無効確認請求権の濫用であるとすることはできず、この点に関する控訴人の主張は採用できない。

以上のとおりであるから、被控訴人らの本訴請求は正当として認容すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(外山四郎 篠原幾馬 鬼頭季郎)

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